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社会民主連合の結成と西風いさおさん

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 大阪社会民主連合元代表のと西風いさおさんは、1977年の江田三郎日本社会党書記長が、社会党離党で行動を共にしました。菅直人首相を語るには、社民連の結成と日本社会党江田三郎の取り巻きのことを語らなければなりません。
 西風さんは、1950年代に大阪での日本社会党青年部の結成に奔走し、1960年に日本社会主義青年同盟社青同)創立にあたって初代委員長に選出されました。西風さんは、社会主義協会の路線反対した急先鋒です。議員活動は、1967年の1月の衆議院議員総選挙に旧大阪1区より衆議院議員に当選しました。
 当時の社会党大阪府本部は、江田派と言う政権交代派とヨーロッパ型の社会民主主義指向が多数派でした。しかし、大阪総評の加盟組合の意向が働くためにヨーロッパ型の社会民主主義指向になじめなかったのです。
 西風さんの想いが、鳩山政権の下での政権交代につながり、菅首相のヨーロッパ型の社会民主主義指向による政権運営への足がかりに繋がったと、私は感銘を受けています。