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1980年代の青年学生運動の経過と総括 その①

 1980年代の青年学生運動の時代は、1960年代や1970年代の頃の伝説や証言、著作に比べて皆無に近いのです。私は、1980年代の世界や日本での新自由主義経済や安全保障を認識してしたうえで、この頃の青年学生運動の総括を試みたいためです。1回目は、当時の経済や社会の状況からどのような運動を展開したかを述べます。
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 アメリカのユダヤ金融グループが、当時日本の世界2位の経済力を使って①世界における経済のグローバル化、②世界の地方自治、国の民営化の推進、③アメリカのドル体制の再編を進めていました。アメリカのレーガンやイギリスのサッチャ-、日本の中曽根がアメリカのユダヤ金融グループの世界戦略に関わりました。日本のバブル経済は、1986年の前川元日銀総裁の座長の私的諮問機関でのレポート(前川レポート)で株価の上昇の操作、アメリカ国債の大量の購入による投機です。民営化は、国鉄電電公社、専売公社が中心になりました。
 日本の青年学生運動の指導層は、世界のグローバル経済や新自由主義の誕生の狙いを分析ができずにいました。分析ができないことが、アメリカを中心とした西側陣営の核兵器配備の反対やスパイ防止法案反対、政党法案反対など外交や危機管理、安全保障に関する個別な闘争課題に終始していました。これは、青年学生運動が、政党系列別や党派別にはっきりと棲み分けをされていました。この棲み分けが今後の青年学生運動に支障になっています。これらの個別課題が、アメリカのユダヤ金融グループの世界戦略と連携し合っています。
 しかし、売上税と言う間接税導入反対(1986年から1987年まで議論)が、既成の左翼や野党から始めたのではなく自民党の支持者の経営者が声を上げたのです。この運動が、野党、労働組合、市民団体、ノンセクトに広がりました。この運動が、1987年の4月の統一自治体選挙で自民党の地方議員が大量に落選しました。消費税の廃止の運動や同税の引き上げ反対は、アメリカ経済の動向から判断して取り組めば必ず成果を収められるのです。
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