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日本共産党の宮本顕治元議長の死去

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 日本共産党宮本顕治元議長が、7月18日に老衰で死亡しました。年齢が、98歳でした。宮本顕治氏は、二段階革命論(民主主義革命から社会主義革命)と一国社会主義論の典型的な人物でした。宮本顕治氏への批判者は、除名の処分をされたのです。しかし、宮本顕治氏が考えていた革命路線と社会主義論は、この日本で実現できませんでした。
 私が日本共産党に入党したのは、宮本顕治氏の新入党への呼び掛けの書簡からでした。当時の政権が、中曽根康弘の時でした。中曽根康弘が、戦後政治の総決算と称して日本の米軍基地の強化と議会制度のファシズム化、国鉄の分割・民営化を狙っていました。
 私は、この時代に社会党より日本共産党を選んだのです。しかし、党内は、党員一人一人の個性や特技が生かされずに画一的な活動スタイルを抱えていました。そのような中でも、宮本たけし参議院議員大阪選挙区候補や山下よしき比例代表候補のような方がおられました。私は、参議院議員選挙の後で宮本顕治氏の提案の革命路線と社会主義論を検討することを考えていきたいと考えています。
 私は、社会党が露骨な反共産党だったので好きではありませんでした。それは、宮本顕治氏への憎しみをこもった言動でした。日本共産党のビジョンへの批判よりも、存在そのものが嫌いなようでした。
 日本共産党は、志位委員長やや不破哲三氏の体制に変わって、見かけ上官僚体質をなくなったように見えますが、まだまだ官僚体質と中途半端な革命戦術が引き継がれています。日本共産党の悪しき体質改善は、党内からの改善の提起とそのための実践、党外からの革命路線と社会主義論の提起が必要と考えます。