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主の安息日=奴隷の日(カルト宗教からの果てに、から転載)

 クリスチャン クレーマーのケントさんが、本当のクリスチャンにとっての安息日についてコメントをしてます。コメントは、次の通りです。
 主の安息日=奴隷の日
 日曜日ぐらいね、ゆっくりしたいと思うクリスチャンが多いと思います。 私もそうなんですがせっかくの休みをね、肉体的にも精神的にも酷使されるって言うのは嫌なんですよ。
 平日は仕事で一生懸命働いて疲れた体を日曜日にリセットしたいはずなのに・・、教会の奉仕でまた働くということは、これはいくらなんでも体がもたないと思いますよ。 一年で本当の休日は無いに等しいくらい教会内で働かされる、主の安息日って教会で人を奴隷のように虐げる日なのかと感じてしまいます。私が教会を最も嫌う理由がそれなんです。
 心と体が酷使される、牧師のビジネスを強制的にやらされる、牧師は教会の礼拝のない平日が休日でしょ、私たち毎日働いている人々にとっては日曜日こそ、貴重な休日なのに、その休日を牧師のために潰されるのは嫌です。 疲労の回復、心のリセットを図るのが日曜日だと思います。
 本当に体が持たない、私たちに身を粉にするまで神に仕えろとか、神のために死になさいといっているようなもの、本当に牧師たちは血も涙もない連中です。
 人が泣こうがわめこうが死のうが「そんなの関係ない」で押し通す連中です。
 私は、ケントさんのコメントに賛同しています。それは、どこのキリスト教の教会に起こっていると考えられます。
 例えば、私の通っているキリストの教会で牧師や役員が、私に「毎週の日曜日には、がんばって礼拝に来てください。」、「いろいろな用事があると思いますけど、信仰生活を専念しろ。」、「長い賛美歌は、始めての時に苦痛を感じるが、次第に喜びを持って歌うようになるよ。」、「長い賛美歌やゴスペルも、喜びを持って歌えればいいじゃないか。」と指摘します。
 このような指摘は、多くのクリスチャンや求道者が来なくなります。このようなことを推進する牧師や役員は、まさに人間の強欲さと自己中心に満ちています。