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アントニオ グラムシの思想

 アントニオ グラムシは、1891年イタリアのサルディニア島に生まれました。グラムシは、大学卒業後にトリノで労働運動に専念して工場評議会運動を始めました。グラムシは、イタリア社会の経済格差を探求するようになりました。
 グラムシにとっての社会主義は、教条として理論でなく、現実の中で、理論を実践の中で一体としてとらえることでした。グラムシは、哲学と歴史の諸問題と言う著作の中で「理論と実践との同一化は一つの批判的行為であり、それによって実践は合理的で必然的であることが証明されるようになり、或いは、理論が現実主義的で合理的であることが証明されるようになるのである。これこそ、理論と実践との同一性の問題が、とりわけ、過渡期と呼ばれるある歴史的時期に、即ち、最も急速な変革の運動の時期に、提起される理由なのである。」と指摘しています。グラムシの理論と実践の統一は、人間の実践における主体性を明確にしたのです。
 グラムシは又、知識人の大衆性や、哲学、弁証法などをイタリアの実際の中で論じています。グラムシの思想のバックボーンは、ヘーゲルやクローチェ、パレート、モスカ、ミヘルスなどのマキャベリから引き継がれた権力に対する見方を得ています。グラムシはヨーロッパの哲学の伝統を前提にした思想と行動を形づくったのです。
 グラムシは、1926年にムッソリーニによって牢獄に押し込められて、10年あまりの長きに亘る獄中生活の連続の後、悪名高いバリー監獄で虐待された為に衰弱し、1937に病死しました。グラムシは、この獄中でノートに書き綴りました。このノートが獄中ノートと呼ばれたのです。グラムシの思想は、イタリア共産党ユーロコミュニズムに生かされたのです。
 日本の左翼勢力は、科学的社会主義を一種の伝統芸能や伝承として扱っています。この勢力の活動家は、日本の労働者の雇用形態の変化や労働運動のスタイルの変化に対応した革命の戦略を持っていません。私は、グラムシの没後70周年を迎える中で日本の左翼勢力の理論の再検討ないし戦略の練り直しを考えるときがくると確信しています。