チリの学生や高校生は、1973年の
ピノチェト大統領の軍事クーデーターでの高い学費の支払いのためのローンを組ませる政策に1990年の
ピノチェト政権の崩壊まで決死の運動を繰り広げました。1990年のキリスト
民主党政権や同党を含む
中道左派政権は、
ピノチェト政権下の高い学費の値下げの実現をさ下げてきました。
キリスト
民主党やチリ
社会党、チリ
共産党は、
ピノチェト政権下の弾圧とアジェンデ大統領の暗殺からのトラウマから脱せられていません。これは、チリが
新自由主義のテストケースに利用されたことに対するビジョンや対峙する姿勢を持てないからです。
ピニェラ大統領は、
ピノチェト時代の
新自由主義の後継者の立場で学費値上げ反対の学生を虐殺し、多くの逮捕者と負傷者を出させました。学生と高校生は、今月に入って学費値下げの
ストライキに入っています。
野田政権は、
自民党と
公明党との連立で
新自由主義の政策で住民を苦難への道に引き摺り込もうとしています。
鉢呂吉雄経済産業大臣の辞任は、軍事に寄らないクーデターでやり遂げた実例です。このようなことは、父だけでなく日本でも
新自由主義との対決のムーブメントが起こると感じます。