☆ミぶどうちゃんのブログ☆彡ぶどうが獲れる柏原にいらっしゃい!

ぶどうの出店は、6月頃に再開しています。ぶどう狩りは。8月10日に再開の予定です。今年もよろしくお願いします。

田中ゆうことがんばる会から思うこと。

イメージ 1

 私が6年前の八尾市会議員選挙で日本共産党から6人立候補して、1人増の当選を勝ち取る経験をしました。当時26歳の新人の田中ゆうこが4300票で全候補者中4位で、4人現職と1人新人が当選しました。
 この時の大阪府会議員選挙では新人の小松ひさしが落選してしまいました。原因は、選挙戦に対する楽観論が広がったことが要因でした。地域の後援会は、府会議員選挙の教訓を生かして、1)全有権者を対象にした対話・支持拡大をやりきる、2)全戸配布のビラを完全に撒ききる、3)後援会員といっしょに田中ゆうこの名前と政策をひろげること、これらの実現に向け最後の1週間に奮闘しました。
 私は、「田中ゆうことがんばる会」という独自のボランティアに参加しました。所属していた居住支部のメンバーからは、猛反対でした。私は、猛反対を振り切って邁進してきました。
 この会は、田中さんの小中学生の同窓生が中心になって青年党員や民青同盟員、学生、アルバイト、業者、劇団員など幅広く組織していました。会は、同窓生に支持を広げるだけでなく、会員になってもらい、まわりの友人にも支持を広げたり、週1回の学習と会議を開いて会員の交流をしたりなど青年の自身の考え方で活動しました。時間があればビラまきや街頭宣伝にも取り組みました。
 田中ゆうこが4位で当選したのは、会と後援会が一体となって危機感を持ちつつ「肩の力を抜いた」活動をしたからです。そして、業者講演会の女性の食事のまかないが、会と後援会の力を発揮しえた原動力になりました。
 日本共産党の20代の地方議員の誕生で町に住んでいる青年の声を届けることがようやくできます。当時の大阪では、田中ゆうこのほか鈴木ななえ(高石市)、大藤みつ子(守口市)、山本いつこ(富田林市)、岸田あつ子(四条畷市)です。
 私は、「未来は青年のもの」を理屈だけでなく議員選挙で体験できたこと、職場や地域に依拠した運動が、今までの地区委員会や都道府県委員会主導の運動でなかったこと、がんばる会のみんなが新しい発想で運動にとりくんだことでした。このことは、現在社民党や全国一般で活動するときのも役立っています。
田中ゆうこ八尾市議のサイト
http://www.kawachi.zaq.ne.jp/dpahc508/