私は、現在通っている教会の礼拝で賛美歌のくどさについて記事を掲載しました。
私が、知り合いのクリスチャンに礼拝での賛美歌やゴスペルの数回にわたることについて聞いてみました。知り合いは、「私の教会は、賛美歌を何回にわたって繰り返しません。」と言いました。
賛美歌とゴスペルの数回にわたる繰り返しは、一種のマインドコントロールと考えられます。牧師は、何回も繰り返しで参加者の信仰を得られると思っています。
しかし、それは、クリスチャンの中に牧師のグループを作って、それ以外を異端者にするためです。牧師は、説教の中で「礼拝に出る人が、単なる会衆でなくイエスキリストの12弟子になることです。」と言っています。
私は、牧師の言葉がクリスチャンに賛美歌の繰り返しの強要を迫っています。このような牧師は、日本のクリスチャンが救われません。逆にクリスチャンが、甚大な犠牲を受けます。賛美歌とゴスペルの数回にわたる繰り返しは、一種のマインドコントロールと考えられます。牧師は、何回も繰り返しで参加者の信仰を得られると思っています。
しかし、それは、クリスチャンの中に牧師のグループを作って、それ以外を異端者にするためです。牧師は、説教の中で「礼拝に出る人が、単なる会衆でなくイエスキリストの12弟子になることです。」と言っています。